JTCでは飲み会が頻繁に開催される
現在僕はいわゆるJTCと呼ばれる企業で会社員をしています。
昔ながらの古い体質が今でもかなり根強く残っているので、部署で転入者や転出者が出るたびに飲み会が開催されますし、それ以外にも他の地域に配属されている人が出張してくるような大きめの会議が終わったタイミングなど、そこそこ頻繁に飲み会の予定が強制的に入ってしまいます。
本来ならば断ることができる飲み会が大多数なのですが、僕の場合は部署内の飲み会幹事係に正式に任命されているので、実質全ての飲み会が強制参加という状態になっています。
郷に入っては郷に従え、ということでFIREするまでの辛抱だと思って僕も渋々参加していますが、僕としては「会社の飲み会」が好きだという人間のことが本当に理解できないんですよね。
もちろん僕と同じように、乗り気でないながらも断れずに参加している人もいるとは思いますが、どうやらそうではなくて飲み会を楽しんでいる人もそれなりにいる印象です。

少し調べてみたところマイナビニュースに掲載された記事で、1000人を対象に「職場の飲み会が好きか?」と質問したところ、「好き」「どちらかといえば好き」と回答したのは、全体で38.8%という結果だったそうです。
40%近くの人が会社の飲み会が好きで、「どちらともいえない」も含めると70%くらいになります。
全く理解できません。
気の合う友人たちとの飲み会の楽しさは理解できますし、たまにであれば僕も楽しいと感じます。
僕が楽しさを理解できないと言っているのは、「会社の飲み会」です。
「会社の飲み会」の楽しさを頑張って考えてみる
「会社の飲み会」の楽しさが理解できない、という結論に着地することは決まってしまっているのですが、一度頑張ってその楽しさについて考えてみます。
まずは、単純にお酒や美味しい料理を楽しむことが好き、と言うのものです。
これはまだギリギリ理解の余地はあります。
僕は質素な食生活が気に入っていて、日常的には栄養や値段を重視した同じメニューばかりを食べているのですが、もちろん美味しいものを食べたときは幸せな気持ちになりますし、そこは理解できます。
お酒はあまり好きではありませんが、好きな人が多いのもよく知っています。
でも、味わうことが目的なら一人の方が良くない?とも思います。
飲み会の場面では常に喋りながらの食事になるので、集中して味わうことが難しいですし、特に会社の飲み会の場合は好きなメニューばかり頼むこともあまりできないですよね。
参加者の年齢差がある場合なんかも、やはりみんなが食べやすい無難でありきたりなメニューを注文することになってしまうと思います。
おそらく美味しいお酒や料理を味わうことは、楽しみの一部にはなりえたとしても、それだけが楽しくて会社の飲み会が楽しいと感じている人は少ないのではないでしょうか?
だとしたら、次に考えられるのは、やはり人とのコミュニケーションというところですよね。
これが本当に理解できません。
そのメンバーが本当に好きなの?
最初に言った通り、気の合う友人との飲み会の楽しさはわかりますよ。
それほど人数が多いわけではありませんが、僕にも学生時代の友人の中に今でも定期的に会う関係の人もいます。
学校などの多くの人たちが集まるコミュニティで長期間生活する中で、気が合うなと感じる人や魅力的だと感じる人と時間をかけて仲を深めていき、今でも大切な親友と言えるような存在になっています。
そういった特別な人たちに対しては、些細な近況であっても興味が湧きますし、前回会った時からどんな変化があり、現在どんな考えでどんな生活をしているのか、そういうお互いのことを共有することは、楽しいだけでなく人生にとっても良い刺激になります。
一方で、「会社の飲み会」はどうでしょう?
同じ会社に就職した、と言う共通点こそありますが、年齢も性別もバラバラなうえに、別にそのメンバーのことが好きだから一緒に過ごしているわけではありませんし、部署内でも仕事が異なればほとんど会話をしたことがない人すらいます。
お互いの生活や考え方も知らない相手に対して、興味が湧く意味がわかりません。
円滑な仕事のために、飲み会で関係を築くことが大切だという主張をする人も多いですよね。
その主張も、会社というものが新卒から定年まで何十年も固定メンバーで働き続ける場所なら、まだわかります。
でも、今時転職なんて当たり前の時代ですし、転職が比較的少ないと考えられる大企業の場合は全国転勤もあることが多く、同じメンバーで働き続ける人なんてかなりの少数派だと思います。
その度にわざわざプライベートの話をできる関係まで仲を深める必要があるのか?と言うのは疑問ですし、そもそも仕事をするうえで親密な関係を築く必要性があるか?という点にも疑問を感じます。
仕事で必要なコミュニケーションを取るためなら、仕事を通して関係を築けばそれで十分でしょう。
他に趣味はないの?
年齢や考え方も違ううえに、対して親密ではない相手と飲み会をするときにどんな会話をするのかというと、結局無難で浅い内容にしかならないと思うんですよね。
実際うちの会社の飲み会では、「出身はどこなの?」「今度の休みはどこか旅行に行くの?」といった会話が毎回のように飛び交っていますが、僕にとっては何が楽しくてそんなことを聞いているのか到底理解できません。
これから仲を深めていくことができる相手なら、そういうわかりやすい話をするのはもちろん必要なことだと思いますよ、コミュニケーションの基本です。
でもそれはその後にもっと深い話をするための足掛かりとしてこそ意味があるのであって、それ単体を聞くだけの時間って本当に意味がないとしか思えません。
どうせ職場の飲み会みたいな限られた時間で、心の底からの信頼を得られるような親密な関係を築くことなんて、ほぼ不可能なんです。
僕の中で勝手に論理を展開しますが、「会社の飲み会」が食の楽しみの観点ではなくてコミュニケーションの観点で楽しいと感じている人って、2パターンだと思います。
1つは、そんな浅い会話ですら他の時間よりも楽しいと感じてしまう程に、趣味がないというパターン。
僕にとっては何の楽しさも見いだせないタイプの会話が、その人にとってはもっと上の楽しいことがないので、本気で楽しいと思ってるのでしょう。
趣味が多い僕としては、どう考えてもそんな浅い会話をしている暇があったら他の楽しいことをしたいという発想になります。
絶対に飲み会をやっている時間で代わりに映画を1本見たほうが満足感があるし、ゲームをしたり筋トレをしたり副業をしたりなど、例を挙げればキリがないほどにもっと優先的にやりたいことがあります。
趣味がないのは悪いことであるとまでは言いませんが、危機感を持った方がいいとは思いますよ。
死ぬ寸前まで上から言われたとおりに働き続けることができるなら問題ないでしょうが、多くの場合は仕事を引退したり、引退しなくても上からの指示でなく自分で行動を起こさなければならないフェーズがある場合がほとんどでしょうから、自分が何が好きで何をしたいのかは知っておいた方が良いです。
もう1つのパターンは、飲み会を出会いや会話のきっかけにして、プライベートなどでもっと深い関係を築いていくことに期待しているという人です。
恋愛への意欲が高い人なんかはこれに当てはまるでしょうし、それ以外でも人と深い関係を築くことが好きで積極的な人がいるのもわかります。
僕とは全く別の人種なので共感はできませんが、そういう社交的で積極的な特性は本当に素晴らしいものだと思いますよ。心から尊敬しています。
なぜ自分から企画しないの?
どんな相手であっても、とにかく人と関わることが好きで積極的に関係構築をしようと行動する人のことは、理解できますし素晴らしいことだと思います。
でも、実際のところそういう人ばかりには見えないんですよね。
会社の同期のグループラインで、数か月に一回飲み会の誘いがあります。僕は一度も参加していませんが。
同じ地域に配属された同期は20人近くいますが、その飲み会の案内を出しているのは毎回同じ人です。
そしてその案内があれば、同期の大多数の人たちは、いつも嬉しそうに参加アンケートで出席の回答をしています。
要するに、その案内を出す1人が飲み会をやりたいと思ったタイミングでのみ飲み会は開催され、他の人たちは飲み会を楽しいと感じているにも関わらず一向に自分からは企画せず、次の飲み会の案内が来ることを待ち続けているという構造です。
これがまた僕には理解できません。
誘われるたびに参加するような楽しいものなら、自分から企画すればいいじゃないですか?
でも多くの人はひたすら受け身で待っているだけなんですよね。
「会社の飲み会」に嫌悪感を抱く人はFIREに向いている
ここまで僕の中の勝手な解釈で論理を展開してきて、あれはおかしいそれはおかしい理解不能だ、とうだうだ主張してきましたが、正直なところ、なぜ「会社の飲み会」を楽しいと思う人がそこそこいるのかは大体わかってます。
それは、僕のように馬鹿真面目に自分の考えや生活と向き合っている人はそれほど多くなく、「なんとなく楽しい感じがする」「流されるがままに今の生活が続けばいい」という感じで深く考えずに生きている人の方がスタンダードなのだということだと思います。
僕の場合は、「こっちの方が楽しいんだからこっちを選ぶ」「こうした方が良い人生になるからこうする」というようにいちいち自分と向き合って考えるのが習慣になっていますが、世間の多くの人は、あれも楽しい・これも楽しい・自分から誘うのはめんどくさいけど誘われたら楽しそうだから行く、みたいな感じで優先順位など特に考えずに目の前のことをその場で判断するのが普通なのでしょう。
世間一般に多い後者のタイプの人は、会社員適正が非常に高いと思いますよ。自信を持って働き続けてください。
人に言われたことであっても特に疑問を抱かずに取り組み、そこに楽しみを見出すことができるタイプなので、きっと変にリスクを取らずに会社員として安定を取ることが一番人生としての幸せに繋がるはずです。
ただし、そういう人にも平等に老後はやってくるので、その時にやることがなくなって途方に暮れることがないようにだけは注意をした方がいいと思います。
一方で、僕のようにいちいちより良い人生を求めて深く考えたり行動したりする人は、きっとFIREに向いています。
FIREするとやることがなさすぎて暇に耐えられなくなる、という話がよくありますが、僕のようなタイプはそんなことになるはずがありません、断言します。
大学時代の長期休みは一切予定をいれずに自分の趣味だけに時間を費やしていたこともありますし、コロナ禍の強制引きこもり生活も余裕で楽しかったです。
勘違いされないように言っておきますが、僕はFIREに向いていることが、偉い・人として優れている、だなんて微塵も思っていませんよ。
むしろその逆だとすら思っています。
僕のようなタイプは少数派であり、特別である、とは思っていますが、間違いなく現代社会を生きにくいタイプなので全く偉いなんてことはありません。
ただし、こういう特性を持って生まれてしまった以上、FIREを達成することだけが今後の人生を幸せなものにしていくための突破口なのです。
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